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理事長所信

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田島圭次郎
田島圭次郎

公益社団法人 高崎青年会議所
第67代理事長 田島圭次郎

 「高崎青年会議所は、昭和26年9月1日に、当時の混乱せる世相を背景に、私達青年の情熱を激しく燃やし、暗中に一条の光明を青年会議所に見出し、これを指針に志しを同じくする青年たちが参集して国土の復興再建は、私達青年の手による以外はないとの固い信念の基に誕生した。」これは昭和45年12月20日、社団法人高崎青年会議所の設立における設立趣意書の一文である。創立以来66年間、高崎青年会議所の先人たちは創始の精神に従い、社会情勢が大きく変化する中、その時々の時代に応じた運動を通じて、この地の礎を築いてきた。また、先人たちは自ら考え行動し未来を切り拓く過程を経て、互いの友情を築くと共に品格ある青年としての研鑽を積み、良きリーダー・時代の先駆者となるべく成長を続けてきた。我々の先人たちが少しも揺らぐことなく本気でまちづくりに取り組み、自らと向き合い、仲間との絆を高 めてきたからこそ、67年目を迎える高崎青年会議所は地域の信頼を得て、多くのメンバーと共に活動を開始することができるのである。先人たちの営みと誇りに感謝すると共に、新たな決意を持って常に真摯に、そして大胆に、胸を張って青年会議所活動に邁進していこう。

温故創新~変わらないために変わり続ける~

 我々が青年会議所活動を進めるうえで「創始の精神」に従うことは既述の通りである。ここで云う「混乱せる世相」「一条の光明」とは何か、終戦からわずか6年後の創立当時を振り返れば、敗戦からの復興が主たる背景となり、市民の笑顔と希望の象徴となる音楽センター建設に向けた運動等が推進されたことは、60年以上経った現在でも全く色褪せることのない成果の一例として挙げられる。では、現代における混乱とは何を指すのだろうか。私は人口減少社会への突入が現代における混乱の一つであると考える。日本の人口は2008年をピークに減少の一途をたどっている。高崎市の人口だけでみるとほぼ横ばいだが、市外も含む生活圏・経済圏の単位で考えれば確実に人口が減少している。ただ、問題なのは人口減少そのものではなく、人口減少社会に見合うまちづくりとは何か、その中でも持続し発展を遂げる地域とはどのような地域か、その答えが明らかでないことである。かつての経済成長・人口増時代の考え方や手法では地域活性の成果は得られず、現状を維持することもできない。我々は市民と共にその点を理解し、過去の常識や成功事例に縛られず、柔軟な発想を持ち新たな価値や新たな変化を生むべくチャレンジしていかなければいけない。今、改めて私たちのまち"高崎"の歴史を紐解き、後世に残すべき文化・記憶を定め、そのために何を変え何を創るか。まさに、故きを温ねて新しきを創る『温故創新』の思想が必要である。私たちが愛する「高崎の文化・記憶」を変わらぬ姿で継承していくため、我々が時代に応じた変化を生み続けていこうではないか。

青年会議所の「運動」と「まちづくり」

 青年会議所の「運動」とは、地域に前向きな変化を創り出すために我々が発するメッセージや行動の総称である。過去を学び、現在を知り、未来に責任を持つ私たち青年世代だからこそ、進むべき"未来ビジョン"を描き"現在"とのギャップを埋めるべく、地域の先駆者としてアクションを推し進めなければいけない。
 「運動」を象徴する一面として、我々は年間を通じて様々な事業を地域で実施していく。事業では、どこの誰(対象)になぜ(背景)どのような変化を求める(目的)のか、を定めることはもちろん、具体的な実践(手法の実行)を通じて何が得られたかを把握し(検証)次に活かす(改善)こと、を常に意識しなければいけない。事業を単発のイベントで終わらせるのではなく、改善点を見出し次の手を打ち続けること、この繰り返しにより未来を創る変化が生まれ、我々が進めるべき価値ある「運動」となるのである。さらに、我々の「運動」が地域の市民から共感を得て主体的なアクションへと移ったとき、市民による市民のための「まちづくり」へと繋がると考えよう。

変化を恐れず行動せよ

 「根拠なき現状維持は退化である」と私は考える。時代の趨勢をしっかりと把握し、適切に変化してきたからこそ、我々の組織は常に地域に必要とされ現在まで受け継がれてきたはずである。現在を担う我々も、青年らしい発想力と行動力を存分に発揮し、変化を恐れず行動しなければいけない。
 私が父から引き継いだビジネスホテルの前身は、1961年に祖母が創業した旅館である。1970年代にかけて多くの百貨店が建ち並んだ当時の様子を考えれば、商都としての集客と大規模な開発によって団体客向けの旅館が成り立っていたことが窺える。そして1982年に上越新幹線が開業し、高崎のビジネスが大きく発展した頃、父は1987年にホテルを開業した。以来30年にわたり変化を繰り返し今日に至るが、父が創りあげたものを次代に残すためにどのような変化をするか、を見出すのが私に課せられたミッションである。これは、一企業の例であるが、企業であれ組織であれ、時代に応じた変化が求められることは自明の理であり、高崎というまちに関しても同じである。

自らを育てよ

 高崎青年会議所の最も大きな社会的使命とは「地域に新しい価値・変化を創り出す人材を輩出し続けること」であると私は考えている。
 2010年、高崎へ帰郷した私にとって最も大きな衝撃は、高崎田町屋台通りを通じて得た「人」との出会いだった。都内の中学校へ進学して以来、ほぼ地元を離れて過ごし、この地に然したる思い入れも志もなかった当時の私は、2009年末、地域に新しい「場」を創り出した屋台通りのストーリーに大きく心を動かされた。事業自体は高崎青年会議所の運動と直接関係はなかったものの、そのアイデアが生まれ実現に行き着く過程に多くのメンバーやOBが携わったことを知り、彼らの地域を愛する想いの強さ、困難に立ち向かう行動力、互いを補い合う絆に強い憧れと羨望を抱き「自らが次の担い手になる」と決意して青年会議所へ入会した。これが、私の入会動機であり、今日まで至る活動のモチベーションである。いまだゴールは遠いものの、青年会議所活動を通じて得た経験は確実に私の成長に繋がっていると日々実感している。
 青年会議所という学び舎の鉄則でもある「有限」は自らの成長を得るためにとても有効である。一つは単年度制であること。毎年、常に違った立場で異なる分野の機会を得ることができるが、一年という期間はとても短く、積極的に得ようとする者にしか学びは与えられない。もう一つは40歳までという定年制である。人それぞれ40歳を迎えるまでの目標は違えども、ゴールから逆算して今やるべきことを考え実践しなければ、望む成果は得られない。この二つの「有限」という制約があればこそ、学び舎としての青年会議所は意味を持ち、苦楽を共にした仲間との友情が深まるのではないだろうか。そして青年会議所という域を超え活動する時、より大きな変化を創り出す人材へと成長できるものと考える。

次世代へ繋ぐ

 67年目を迎える高崎青年会議所で活動する我々は創始のメンバーからすれば3世代目にあたると考えている。言い換えればチャーターメンバーの孫世代であり、当時の記憶を直接引き継げる最後の世代となるだろう。そして私たちの子供にあたる4世代目が高崎青年会議所100周年を担うことを考えた時、我々が語り継ぐべきことは何か、改めて考えてみよう。青年会議所の運動は明るい豊かな未来のために行うもので、我々はその生き方を選びこの組織に属している。『「子供の未来」が本当に素晴らしいものになる様に願い、そしてそのための道標を私達は立ててゆかなければならない。それが、青年会議所の「まちづくり」です。』この一文は、高崎青年会議所創立50周年記念誌に記された、先人たちからのメッセージである。創始の精神を胸に刻み、5年後、10年後、そして現代の子供たちが担う33年後の高崎青年会議所100周年に期待を膨らませ、新たな担い手を育て次世代へバトンを引き継ぐことを常に意識して活動を続けよう。

ルールを定め仲間を守る

 組織はルールに則り運営されるが、そのルールを定めるのは人である。我々が「運動」を推進するにあたり持てる力の全力を注ぐためにも、組織の土台となる明確な基準を定め徹底していこう。ルールは組織の基礎となり、そのうえで活動する仲間を守るためのものである。

~前提を疑い本質を追究する~

 高崎青年会議所が66年間にわたり地域に必要とされる組織で有り続けた理由は、揺るがない創始の精神と、それに沿って定められたルールがあったからに他ならない。長きに渡り、時代に応じて変化してきたルールとそれを定めた先達たちに敬意を表し、改めて本質を見つめ直してみよう。66年のバトンを受け次代に繋ぐ我々の責務として、前例と前提を疑い、目を逸らさずに必要な策を講じて行こうではないか。
 我々がいかに時代の変化に応じた「運動」を推進したとしても、運営する組織が時代に合った変化を遂げていないと評価されれば、その効果は薄れてしまう。目立たず成果の見えにくい存在であったとしても、「運動」を支えるチームがなければ、我々は何も成し遂げることができないのである。「運営」する側こそスペシャリストとして誇りを持ち、真摯に胸を張って役割に全力を注ぎ、組織のあるべき姿を追求して欲しい。

~時間と費用の対価~

 我々は言うまでもなく自分たちの時間と会費を用いて活動しているが、自身の家族や会社スタッフのサポートがなければ、活動できないこともまた事実である。我々が活動する間も、家を守る家族がいたり、代わりに仕事をしているスタッフがいたりしないだろうか。会費についても、家族と過ごす費用や会社への投資として使うことのできたお金かもしれない。だからこそ、自身の活動に驕ることなく、費やす時間とお金から得られる対価を意識して活動するべきである。一つひとつの会議に関して、無駄な時間はないだろうか、より効率よく進めることはできないか、常に意識して活動しよう。さらには事業費について、費用対効果に関する意識を高め、より大きな成果を得るべく追求して行こう。
 我々が費やす時間とお金は決して手元には返ってこない有限な資源であるが、その投資効果は果てしない可能性を秘め、確実に地域の未来を創る礎となる。自分たちの活動に自信と誇りを持って「活きる時間」「活きるお金」を使っていこう。

域を広げ活動する

 我々が地域の未来を担う組織として活動するには、"組織"と"地域"を客観視する力が不可欠である。ある事実に対して様々な角度で見方を変える「視点」、見ている範囲や時間軸を意識する「視野」、意図的に立場を変え他者の見方を知る「視座」。「視点・視野・視座」という3つの見方を活用して、一方的なものの見方を手放し、域を超え活動をして行きたい。

~市民と共に歩む~

 地域に新たな価値や変化を創るためには、「運動」の質を追求することはもちろん、その活動を多くの市民に伝え理解してもらわなければいけない。我々の「運動」は市民の共感を得てこそ意味のある活動となり、市民と共に歩むことで地域を変える原動力となるのである。
 高崎青年会議所が創立以来、我々は多くの市民参加型事業を実施し、また2011年に公益社団法人格を取得して以降はより多くの公開型事業を実施して、市民に向けた「運動」を展開してきた。多くの機会を設けてはいるものの、市民参画という面で考えれば、まだ高崎という地域の可能性を活かしきれていないと感じている。過去の事例を検証し効果的な発信方法を考察するとともに、これまでにない発想力で年間を通した広報活動を実施していく必要があるのではないか。
 私たちのまちには、群馬音楽センターの建設にまつわるストーリー「ときの市民之を建つ」に代表される主体的市民による民間主導のまちづくりが根付いている。答えのないまちづくりに挑む現代だからこそ、私たちの市民性を活かした「市民と共に歩むまちづくり」に向けた広報活動を実施して行こう。

~高崎から世界を臨む~

 地域の未来を語るうえで、文化や歴史を掘り下げる一方、日本あるいは世界の情勢を正しく捉え広い視野をもたなければ、地域の未来は見えてこない。「井の中の蛙大海を知らず」という故事にある通り、狭い見識に縛られ一方的な見方で未来の可能性を限定しないように意識しよう。一方、前述の故事には「されど空の深さを知る」という追加の解釈もあり、狭い地域で突き詰めるからこそ道を追求できるという見方もある。我々の活動はその両面を取り入れ「日本の中の高崎」「世界の中の高崎」を意識し『Think Globally,Act Locally』を体現して行こう。
 また、私たちの地域では「憲法改正」「国防対策」「防災・減災対策」「若者の政治不信」等の国家課題に関して、極めて関心が薄いように感じている。地域の明るい豊かな未来は日本国の繁栄と世界平和の上に成り立つもので、一地方とは言え国家課題と無関係ではいられないことは事実であり、この無関心さは憂慮すべき地域の問題であると考える。幸いにも、我々の組織には国家課題に対して真摯に向き合う日本青年会議所があって、日本中あるいは世界中で様々な運動を展開している同志がいる。組織力を活かし、敢えて高崎の地で国家課題に向き合う機会を設けることで「世界の中の高崎」を考えてみよう。明治維新のきっかけとなった倒幕運動は、世界を知る地方の若者から始まった。世界を知り地域で活動することが、やがて「高崎から日本を変える」「高崎から世界に臨む」人材輩出に繋がるだろう。

「個」の集まりが組織となる

 近年、高崎青年会議所の会員は優に120人を超え、150人を望む規模となった。それぞれの個性を活かし、組織としてより大きな力を発揮するために、相互を理解し各々を尊重しながらも、共通の価値観の元にその土台をしっかりと固めなければいけない。地域のことを思えば、あるいは相手のことを思えばこそ、時には議論を深めることもあるだろう。真の仲間として結束を高めるに、自身の想いに自信を持って、他者の意見に敬意を表し、愛を持ってぶつかり合う組織にしよう。
 「One for all,All for one」。一人はみんなのために、みんなは一つ(地域の明るい未来)のために。

~学び舎としての基礎を知る~

 青年会議所がまちづくりと人材育成に重きをおく以上、組織におけるルールとは、全てが地域の未来と自己の成長のために課せられるものである。一見は無駄に思えるルールがあったとしても、それぞれには明確な意図があるものと考えていい。組織の一員として活動するからには、ルールは絶対であり、その上にこそ最大限の成果が得られるのである。
 誰しも、入会当初はそのルールに惑わされ少なからず不自由さを感じるだろう。しかし、入会したからにはそのルールを信じ、教えを守って活動して欲しい。信じて活動を続けて行けば、当初感じた不安や疑問は晴れ、全ては地域のため、そして自己の成長に繋がることが確信できるはずである。難しいのは、むしろそのルールを伝える側かもしれない。自身の発言や行動に責任を持って、愛を持って発しなけば、他者の意識や行動を変える伝わり方はしないだろう。伝えにくいことであったとしても、相手の成長を願い勇気を出して言い合える組織にしよう。
 ルールを学ぶことと並行して、会員全体の交流も進めていかなければいけない。なぜなら、青年会議所という学び舎では一方的に知識を与えられることもなく、成長を強いることもなく、仲間との関係性のうえで相互に学び合う場であるからだ。既定のルールの元、互いを尊重し合える仲間と共に活動を進めていくことで、各々が最大限に学びを得られる土壌を築いていこう。

~地域で活躍し続ける人財へ~

 会員の資質向上と拡大はどちらが重要なのか、いつの時代も議論は尽きないが、どちらも重要であることは間違いない。一人ひとりの高い意識と行動がなければ、新たな会員は増えないし、一定の規模を維持できなければ活動も制限され学びも得られないだろう。「運動」を力強く推進していくためにも規模の維持は絶対条件としつつ、本年度の取り組みとして「運動」の価値を高めるべく会員の資質向上に全力で取り組んでいきたい。
 我々の最も大きな社会的使命とは「地域に新しい価値・変化を創り出す人材を輩出し続けること」と前述した通りである。そのためには、私たち一人ひとりが時代の先駆者となるべく成長し、気概を持って行動し続けなければいけない。さらには、まちづくりという面だけでなく、地域経済を担う経済人として、チームを束ねるリーダーとしての成長も同時に求めていかなければいけない。青年会議所で得られる学びは、青年会議所という組織を超えてより活用されるものであり、得られる人脈は同じ悩みを共有する頼れる仲間となるだろう。高崎青年会議所の価値は所属する会員一人ひとりが輝くことによってより高まり、次代を担う若者たちが憧れる場としてそのブランド力を高めることができる。「人」という財産を磨き上げ、地域に「人財」を輩出し続けるためにも、常に新たな担い手を迎え入れ、その成長に責任をもつ組織であろう。

共に育むまちに向けて

 人は少なからず原体験を持っている。原体験とは人の生き方や考え方、行動に大きな影響を与えた過去の経験で、一般的にはその人の思想が固まる前、つまりは幼少期の経験のことを指して言う場合が多い。人が良くも悪くも幼少期の経験に影響され生きていくならば、我々は常に良い経験を幼少期の子供たちに提供できるよう努めていく必要があるだろう。そのためには、親と子・先生と生徒・地域の大人と子供たちが主従の関係ではなく、共に認め合い共に育む意識が不可欠である。子供たちの未来に責任を持つ私たちの世代が子供たち以上に学ぶ姿勢を持ち、時代の変化に応じた良い環境を用意すること、そして良い経験を積む機会を多く創ることを心がけ、親と子、地域の大人たち、そして地域社会が『共に育む』まちに向けて歩みを進めていこう。
 バカみたいなことでもみんなでワイワイやれば、そのワクワク感を子どもたちに記憶してもらえる。そのような大人を増やし、また機会を創ることができればそれだけでも成功と言えるだろう。

~学び続ける姿勢と考える力~

 いま、教育の現場では「アクティブ・ラーニング」という言葉が頻繁に使われている。これは、かつての一方的な伝達による知識詰込型の受動的教育から、得られる知識をどう活用し問題を解決するかという思考型の能動的教育へ、教育の変革が求められているからである。経済成長時代の画一的な答えを求める時代から、自ら情報を収集して判断し答えを導く時代へ、まちづくりの手法と同じく、教育も変化しているのだろう。
 ただ、時代がいかに変化したとしても、私たちの世代が受けた教育はかつての詰込型教育であり、現代では通用しない「ステレオタイプの成功」を刷り込まれていたはずである。このまま私たちの考え方が変わらなければ、子どもたちがいかに考える力をつけようとも、大人の一方的な思考により彼らの可能性を摘む結果となってしまうかもしれない。明確な答えのない時代を生き抜くため、また子どもたちの未来のためにも、まずは私たち大人が時代に合った学びを得る機会を設け、溢れる情報を正しく読み解く思考力を身につけることが必要ではないだろうか。

~体験から自らの可能性を知る~

 2017年3月に公示された次期学習指導要領には、予測不能な変化に対して柔軟に対応できる「生き抜く力」が明記される予定である。では「生き抜く力」を育む学習とは、具体的にどのようなものであろうか。私は、最も効果的な学習法こそ自然体験であると考える。情報機器の発達した現代では、インターネットやゲームを通じ様々なバーチャル体験の機会が得られる一方、自然と触れ合いその面白さや雄大さに触れる体験や、その過程に伴う痛みや苦痛を知る機会が薄れているのではないだろうか。現実の体験活動から自身の弱さを知り、仲間の大切さを知り、そして困難に立ち向かう勇気を持って、それを乗り越え自信を得て自らの可能性に心踊らす。強くて優しい地域のガキ大将を生みだすべく、私たちも共に「生き抜く力」を学ぼうではないか。自然体験に従事する事業者に敬意を表し連携を視野に入れながら、我々だからこそできる体験学習を創り上げていこう。

地域文化の浸透と発信に向けて

 地域を語る上で、その地の歴史・文化を無視することはできない。「風景」「暮らし」「価値観」「食事」「産物」全てがかつて歩んだ地域の歴史に端を発し、そこで暮らす人々によって文化が形成されてきた。では、我々は自分たちが暮らす地域・まちの歴史や文化をどれだけ理解し、誇るものとして伝えられるだろうか。高崎らしさを活かし、個々の持つ"点"の魅力を効果的かつ持続的に"面"で伝えるためにどのような工夫ができるか。ただ歴史を紐解くだけではなく、聞いた人がワクワクするような物語が必要である。文化の本質を捉えたうえで、誰よりも物語を伝える我々が心躍り、伝えたい衝動に駆られるような物語を再編し、伝道師としての役割を担っていこう。
 「来たらわかる」より「行きたくなる」、「知ると面白い」より「面白そう」な見方と伝え方を工夫して、我々自身が誇り自慢できる地域をプロデュースしよう。

~地域の魅せ方を考える~

 地域の魅力を発信するにあたり、誰に伝えたいのか、という対象を明らかにすることが最も重要である。対象を定めないまま、既存の地域資源を並べて発信しても、他地域と区別がつかないありきたりな紹介になってしまうだろう。地域の歴史や遺産をふまえあるべき地域像を発信するアプローチも重要ではあるが、誰に伝えたいのか、そのためにどのようなアプローチが適切なのかを考えることに意味があるのではないだろうか。極端ではあるものの、村のお米を「ローマ法王献上米」としてブランディングした羽咋市の例は、高級志向の消費者に向けた画期的なアプローチとなり、地域にとって高付加価値・高収入に繋がった他、地域を対外発信する意味でも大きな成果を得たはずである。他にも、メディアを通じて「JK課」を発表した鯖江市も、若者が積極的に地域に関わるまちとしての発信に成功した例であろう。
 私たちの地域を誰にどのように発信したいか、中長期的に考え、今やるべきことに注力すること。机上の議論だけでなく具体的な実践を通じて、地域の新たな道を模索していきたい。

~まちの記憶を語り継ぐ~

 どのようなまちであれ、歴史があり名の由来がある。我々は自分が育った小さなまちの歴史をどれだけ理解しているのか、身近な人は知っているのか、人へ伝えられるのか、各々が見つめ直す必要があるのではないだろうか。
 直近の動きとして、2014年にユネスコ世界文化遺産へ登録された「富岡製糸場と絹産業遺産群」、2017年にユネスコ「世界の記憶」への登録を目指す「上野三碑」、2016年に国際かんがい排水委員会にて世界かんがい遺産に登録された「長野堰」等がどのような歴史から生まれ、どのような文化を形成してきたのか。高崎の文化として根付く「だるま」「白衣観音」「音楽」「パスタ」「鉄道」「映画」などにどのような背景があって今につながるのか。
 本年は、敢えて狭い地域の物語を取り上げ、不変の歴史からなる「おらがまちの誇り」を掘り起こす実践をしてみたい。小さなまちの誇りをおじいちゃん・おばあちゃんから我々に、そして子どもたちに語り継ぐことができれば、その積み重ねは地域を愛する大きな運動へと広がっていくだろう。

地域の変化を創出するために

 現在、日本全国で発生している問題の一つとして、生産年齢人口の減少が挙げられ、人口が横ばいで推移する高崎市でも、生産年齢人口の減少は避けられない。地域の経済を維持するためにどのような策を講じるべきか、大きな転機を迎えていることは事実である。過去を知り、現代を生き、未来に責任を持つ我々青年だからこそ、高崎に残さなければいけない「何か」を真剣に考え、未来の発展に向けてとるべき「行動」を示していかなければいけない。
 過去を振り返ると、高崎まつり・森とオーケストラ・マーチングフェスティバルなど、多くの運動が青年会議所で生まれ、今日まで「民間主導・行政参加」の枠組みで継続されている。近年で言えばキングオブパスタも同様である。我々には地域に変化を創出した実績と素養があり、この地域はそれを受け入れる寛容さを持っている。なればこそ、我々は現在求められる変化を見極め、率先して行動しようではないか。投じた一石が、たとえ私たちの手を離れたとしても、地域に必要とされる限り続いていくことを思い描いていこう。

~100万人が一度だけ訪れるまちではなく、1万人が100回訪れたくなるまちへ~

 高崎は近年目まぐるしい変化を遂げている。市街地・郊外を問わず、大規模な公共施設・商業施設・産業団地が整備され、人の流れ・モノの流れが変わる節目とも言えるだろう。全国的に人口が減少し地域経済が衰退するなか、この変化は大きなチャンスでもあり、我々は多くの市民を巻き込み、当事者意識を持ちながら、最大限の効果を引き出すための具体的な行動をとらなければいけない。一方、一時のイベントでたとえ何万人がこのまちを訪れようとも、域内消費に繋がらなければ意味がない。消費拡大に向けた「関係性」を育む仕組みが重要である。高崎を訪れた人が地域内の人と繋がり、その繋がりが新たな来訪を促す。一つの用事を二つにも三つにも増幅させる試みとは何か、研究して実践する必要があるのではないか。
 また、2020年に実施される東京オリンピック・パラリンピックの開催を見据えた体制づくりも研究しておく必要がある。特に高崎がホストタウン登録したポーランドという国がどのような国なのか、ポーランドを迎えるにあたりどのような準備が必要なのか、市民レベルでは全く意識されていないのが現状である。ポーランドとの関係が高崎の経済にどのように寄与するのか、オリンピックという「まつりのあと」も視野に入れ考察し発信したい。

~地域の付加価値とはなにか~

 生産年齢人口の減少という現実に向き合い、地域の経済を維持・発展させるためには、男性の子育て支援・女性の就労推進・介護離職の防止など課題を整理して取り組む必要があるだろう。働き手を増やす時短労働やテレワークの導入を拡大するのか、ロボットの導入等に代表されるIOTの分野を伸ばし、生産性を向上させていくのか。もちろん、各企業が各々の指針の元に取り組むべき課題ではあるが、日本全国どの地域も明確な色が出ていない分野であるからこそ、高崎ならではのオンリーワンが創り出せれば、世論の後押しを得て加速度的に取り組みが広がっていく可能性もあるのではないだろうか。働き手にとって価値ある地域であること、市民にとって価値ある地域であること、さらに企業にとっても価値ある地域であることを両立し、高崎スタイルを創り出すべく行動しようではないか。
 忘れてはならない点は、我々青年会議所メンバーこそが新たなスタイルを取り入れる先駆者でなければいけない、ということである。企業人であり家庭人でありJAYCEEである我々一人ひとりが、よく学び働き遊び、自分を信じ仲間を信じ、家族を愛し隣人を愛して、誰よりも豊かで幸せな日々を過ごしていこう。

基本理念

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地域のより良い未来に向け率先して「行動」すると共に
新しい価値・変化を創り出す中核となる人材を「育成」する

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温故創新~変わらないために変わり続ける~

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